著者は1977年群馬県生まれ
「りとむ」「太郎と花子」所属。
2002年「上唇に花びらを」で
第13回歌壇賞受賞
2012年第一歌集『北二十二条西七丁目』
(本阿弥書店)刊
2013年同歌集で第19回日本歌人クラブ新人賞
第4回神奈川県歌人会第一歌集賞を受賞
2018年エッセイ集『歌人の行きつけ』(いりの舎)刊
サラリーマンとしての日々の暮らしと
歌人としての自己の姿、そのいずれをも
包み込むような、厚みをもった
ゆったりとした文体で
一首一首が詠み込まれている。
一読、自然な、無理のない形で歌が詠まれて
あるが、そこには
気づきや機知、ユーモアや温かみや
抑えられた悲哀や涙がしのばせてある。
そして、そこには大道をゆく「うたごころ」
この短詩型に対する、深いおもいが
あふれている。
ご伴侶を詠まれた歌も、時代の今を思わせて
瑞々しく、著者がそこから日々の活力を
得ている様がうかがわれる。
著者のうたは、居酒屋を愛する人は無論のこと
気持ちの落ち込んだときに読むといい。
読み終えたころには、こころがほのほのと
あたたまり、又前を向こうという気が
起こることだろう。
みちのくの田酒(でんしゆ)のうすき黄を愛でてわれが<わ>と<れ>にほぐれゆきたり
何年か前までは空(そら)だつたはずのフロアーで人とすれ違ひたり
サラリーマンは太鼓持ちではないけれどときをり持ちて叩くことあり
アジフライ箸で小さく切り分けて午後に重たき一仕事あり
眠きねむき会議のさなか昼の月シールのやうに剝がれゆくなり
一尾づつ干物となりて固まれるうるめいわしと春の雪かな
課長に直され部長にもとに戻されてわが起案文青魚(あをざかな)めく
春の日の昼から飲まんとやつて来て岩内君とつつく牛鍋
車窓より野に一点の鷺を見てこころに手繰り寄せるものあり
ひとりごとを湯船の中でつぶやけば腹が痛いのかと聞きにくる妻
ホッピーは父と同年生まれにてツタンカーメンのごときかがやき
おでん屋の湯気にわれらも茹でられて竹輪とがんもになりて別れる
写真展のチェルノブイリを引きずりて夜は蒲田の居酒屋にをり
夏のからだ秋のからだに変はりゆく坂の半ばに微熱を持てり
唐揚げを角の肉屋で買ひ食ひすわれはむね肉妻はもも肉
日めくりの厚みが壁に突き出して仕事始めのうどん屋しづか
菊の花二輪が皿に咲いてをり〆鯖がわれに食はれたるのち
上司との会議を終へて振り向けばホットケーキを妻が勧める
鮭缶に温玉、刻みネギを載せいたしかたなく居酒屋たむら
ボンボチが自宅で焼けるはずもなく故郷のやうに遠い居酒屋
ビール券めくりて数をかぞへつつこころの井戸で大瓶冷やす
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